長嶋巨人 伝説の「10・8」
 
シーズン前半は独走態勢だったが
 4月−13勝8敗、5月−13勝10敗、6月−16勝6敗。1994年、FAで落合博満を獲得し打線を強化した巨人は快調に飛ばし、6月を終わった時点で42勝24敗、勝率.636で2位・中日には8.5ゲーム差をつけ、まさに独走態勢だった。

先発三本柱をつぎ込んだ気迫の逆転劇
 しかし7月は9勝12敗と若干ペースを落としたが余裕の1位。しかし8月18日にマジック25が点灯するとおかしくなった。25日から8連敗、この間広島が10連勝し一気に3ゲーム差まで迫ってくる。広島はそこで失速したが、9月中旬から9連勝した中日がとうとう巨人を捕らえ、10月8日に「最終戦同率決戦(ナゴヤ)」となった。
 試合は巨人が2回、落合の本塁打、村田真一の押し出しで2点を先制するが、その裏、中日は彦野利勝、中村武志の連打で同点、巨人先発の槙原寛己をKO。しかし3回、巨人は落合のタイムリーで再び勝ち越すと、4回には村田真、コトーの本塁打で5対2。5回には松井秀喜の20号本塁打で6点目。槙原に代わり斎藤雅樹、桑田真澄の三本柱をつぎ込んだ巨人は中日の反撃を1点に抑え6対3で快勝。
 長嶋監督が言った「国民的行事」は巨人の4年ぶりのVで幕を閉じた。

写真提供:ベースボールマガジン社

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