リーグ優勝の立役者 掛布雅之
 
高卒1年目から1軍へ抜擢
 習志野高時代、2年時に甲子園に四番で出場したが、1973年のドラフトではテスト生同然の阪神6位指名。しかし素質を見込まれ高卒1年目から一軍に抜擢され、3本塁打を放つなどスラッガーとしての片りんを見せる。

新「ミスタータイガース」へ
 翌75年には三塁のレギュラーを確保。76年に打率.325をマークしてベストナインを受賞。
 78年には4打数連続本塁打、オールスターでは3打席連続本塁打を記録するなどタイガースの顔となり、主砲の田淵幸一が抜けた79年には48本塁打を放ち初タイトル、新「ミスター・タイガース」の名を不動のものとした。
 もっとも三冠王に近い男と注目され、82年、35本塁打、95打点で2冠を獲得するものの、打率は.325で3位。三冠王には手が届かなかった。85年はバース、岡田彰布を三、五番に従え、四番としてチームを引っ張り40本塁打、108打点、打率.300の堂々たる成績でチーム21年ぶりの優勝、日本一に貢献した。
 86年に死球によるアクシデントから不本意なシーズンを過ごし、88年限りでユニフォームを脱いだ。

写真提供:ベースボールマガジン社



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