一覧へ戻る

[FM NACK5] 桂 敏郎 氏
【1】2001年9月26日 大阪近鉄-オリックス (大阪ドーム)
【理由】北川選手の“代打・逆転・サヨナラ・満塁ホームラン”で優勝を決めた試合。全ての肩書付きホームラン、しかも、優勝を決めた、お釣りなしのホームランは衝撃的でした。
【2】2009年11月5日 読売-北海道日本ハム (東京ドーム)日本シリーズ第5戦
8回・9回の攻防
【理由】日本シリ-ズ第5戦。9回裏1点ビハインドでから日本ハムの守護神・武田から打った2本のホームランにジャイアンツ打線の勢いを感じました。
[FM NACK5] 千代 綾香 氏
【1】2008年11月9日 読売-埼玉西武 (東京ドーム)日本シリーズ第7戦
【理由】日本シリ-ズ第7戦。8回表、西武・片岡選手の足が光った試合。足でかき回すアグレッシブな2008年の西武野球の象徴的なシーン。緊迫した場面での走塁は、技術はもちろん、勇気や度胸が必要なんだと改めて感じました。3塁からのギャンブルスタートを決めた片岡選手を見て、その日以降、3塁にランナーがいるとついつい気になってしまうようになりました。
【2】2008年11月8日 読売-埼玉西武 (東京ドーム)日本シリーズ第6戦
4回途中からマウンドに上がった岸投手のピッチング
【理由】日本シリ-ズ第6戦。第4戦で完封勝利を挙げた岸投手が中2日で緊急登板し、ロングリリーフに成功。短期決戦ならではの思い切った采配に、久々に日本シリーズの醍醐味を感じました。体の線が細い岸投手が、苦しい表情見せずに淡々と4回途中~9回最後まで投げ切ったのには驚きました。
[FM NACK5] 早川 建二 氏
【1】1994年10月8日 中日-読売 (ナゴヤ)
【理由】当時、読売応援放送局にいて現場で仕事をしていたが、6対3とリードしてからゲームセットになるまでものすごく長く感じられた
【2】1984年7月24日 (ナゴヤ)オールスター
オールスター第3戦。江夏の9連続奪三振に挑んだ巨人の江川、8つまでとってあと1だったのに変化球を投げて大石に当てられて大記録を逃した場面
【理由】40年近い野球中継生活の中で、大記録に遭遇したことはなかったが、それに近い試合だったのがこの場面で、2ストライクと追い込んでおきながら、もしあそこでストレートを投げていたらと、とても残念な一球だった
[FM NACK5] 矢野 吉彦 氏
【1】1988年10月19日 ロッテ-近鉄 (川崎)ダブルヘッダー
【理由】ダブルヘッダ-。近鉄が最後の最後に引き分けて優勝を逃した試合。ロッテの意地を感じました。
【2】1979年11月4日 近鉄-広島東洋 (大阪)日本シリーズ第7戦
江夏の21球
【理由】日本シリ-ズ第7戦。広島にとって絶体絶命のピンチ、近鉄がひっくり返して優勝だろうと思っていました。江夏の1球1球に、呼吸が止まりそうなくらい見入ってしまいました。
[FM NACK5] 加藤 暁 氏
【1】2006年6月8日 福岡ソフトバンク-読売 (ヤフードーム)
【理由】斉藤和巳投手の「準完全試合」27人斬り。自分が実況した試合の中でいまだかつてこれ以上の投球は見たことがない
【2】2006年10月12日 北海道日本ハム-福岡ソフトバンク (札幌ドーム)プレーオフ第2ステージ第2戦
斉藤和巳投手がサヨナラ負けを喫して崩れ落ち、ズレータが斉藤を抱きかかえてベンチに引きあげるシーン
【理由】プレーオフ第2ステ-ジ第2戦。斉藤和巳投手がチームのすべてを背負って絶対に点を与えまいと投げているのが印象的だったから。
[J SPORTS] 石橋 一徳 氏
【1】2009年3月23日 韓国-日本 (Dodger Stadium)WBC決勝戦
【理由】野球は2アウトから。そしてゲームセットまで試合は終わらない。一球で戦況は変わり、一球に一喜一憂する。同点に追いつかれた後のピンチを切り抜けたダルビッシュ。イチローとイム・チャンヨンの全球勝負。
【2】1987年9月20日 広島東洋-読売 (広島)
江川が小早川に浴びた逆転サヨナラホームラン
【理由】たとえ、中国鍼の話が嘘であってもいい。崩れ落ち、片膝をつき、いつまでもライトスタンドを見つめていた江川の姿が印象的。
[J SPORTS] 住田 寛治 氏
【1】1994年10月8日 中日-読売 (ナゴヤ)
【理由】129試合で読売、中日がどちらも69勝60敗で並び、史上初の同率での最終戦直接決戦となった試合。試合前の自分の高揚感がたまらなかった。魂を込めて読売を応援!槙原ー斎藤ー桑田の3本柱リレーに鳥肌。この先、あんなに興奮して観る試合は、おそらくないでしょう。
【2】1995年10月8日 読売-広島東洋 (東京ドーム)
原辰徳引退試合で紀藤から打ったホームラン。最終打席、原のためにマウンドに上がった大野との対決。そして、試合後の引退セレモニーでのスピーチ。「私には夢の続きがあります」
【理由】江川・原で育った自分。ひとつの時代が終わるということを初めて感じた試合。寂しさと感動で涙が止まらなかった。
[J SPORTS] 長島 耕二 氏
【1】1996年7月9日 読売-広島東洋 (円山)
【理由】広島の優勝を信じて疑わなかった1996年。この試合2回2死からの9者連続安打等で巨人が大勝。この試合以降広島はケガ人が続出する等失速。最大11.5ゲームあった差を逆転されるメイクドラマのキッカケとなった試合。広島ファンの自分としてはまさに『最低の試合』。
【2】2002年9月7日 読売-広島東洋 (東京ドーム)
絶好調の松井相手にホームランを打たれたら逆転という場面で黒田は真っ向勝負。最後はフルカウントから変化球を見逃し三振。
【理由】1球も目が離せない名勝負、両者の気持ちが画面からも伝わってきました。
[J SPORTS] 和田 昌弘 氏
【1】2000年10月28日 読売-福岡ダイエー (東京ドーム)日本シリーズ第6戦
【理由】日本シリーズON対決。プロ野球屈指のプレーヤー、長嶋、王の現役時代はナマで見たことはなかったが、両者監督としてON対決を取材。ダイエー連勝から巨人が4連勝を飾り、長嶋監督が宙を舞ったとき、世紀の一戦を感じた。
【2】1999年10月7日 近鉄-千葉ロッテ (藤井寺)
脳腫瘍から奇跡のカムバックを果たした最初の登板。6回に登板し、先頭打者を138キロのシュートで空振りの三振に打ち取った。
【理由】その場で取材をしていた自分は三振を取った瞬間、彼の姿とスタンドにかけつけた夫を支えてきた妻の倫子さんの涙に感動・・・。
[J SPORTS] 光山 慎也 氏
【1】2009年3月23日 韓国-日本 (Dodger Stadium)WBC決勝戦
【理由】混迷を続ける日本社会にスポーツを通した喜びと希望を与え、日本人が忘れかけた世界一へ挑むチャンレンジスピリットを選手たちが示してくれた。
【2】2007年11月1日 中日-北海道日本ハム (ナゴヤドーム)日本シリーズ第5戦
日本シリーズ第5戦。中日が53年ぶりの日本一を決めた日本シリーズ第5戦。8回まで中日の先発山井が日本ハム打線をパーフェクトに抑えながら、9回のマウンドを岩瀬に譲った。マメをつぶして自ら申し出た降板したシーン。
【理由】日本シリーズ史上初のパーフェクトゲームという大記録目前の交代はチーム成績と個人成績の優先順位をめぐってファンも巻き込んだ論争を招いた記憶に残る一戦。
[NHK] 工藤 三郎 氏
【1】1959年6月25日 読売-阪神 (後楽園)
【理由】いわゆる「天覧試合」。劇的な試合内容も素晴らしいが、この試合で「プロ野球」は日本を代表するスポーツ娯楽の地位を確立した。プロ野球草創期からここに至るまでの関係者、選手、監督の努力が結実した「最高の試合」であった。
【2】1977年9月3日 読売-ヤクルト (後楽園)
王貞治選手が鈴木康二郎投手から通算756号本塁打を打った瞬間
【理由】日本プロ野球が、世界をつかまえた日。
[NHK] 竹林 宏 氏
【1】1994年10月8日 中日-読売 (ナゴヤ)
【理由】両チームの選手の体を張ったプレーの数々が印象に残っています。
【2】2006年10月24日 北海道日本ハム-中日 (札幌ドーム)日本シリーズ第3戦
1回裏、日本ハム先頭の森本が初球を打ってライト前ヒット。その回の3点の口火を切った。
【理由】4万人超のファンを集め北海道で初めて行われた日本シリーズのゲーム。その最初の打席最初のスイングでヒットを放ち、ホーム三連勝、日本一への流れを作った。
[NHK] 道谷 眞平 氏
【1】1994年10月8日 中日-読売 (ナゴヤ)
【理由】史上初の同率での最終戦直接決戦となった試合。 前日練習から取材にあたっていたが、両チームを包む空気そのものが殺気立っていた。午前中から開門されたライトスタンドでは11時には最初の「燃えよドラゴンズ」。この年にブレークしたイチロー選手もスタンドに。取材に行くと「今日はただのドラファンですから勘弁してください」。読売の落合、中日の立浪が負傷退場するなど、試合も壮絶でした。
【2】2001年9月26日 近鉄-オリックス (大阪ドーム)
9回裏無死満塁の場面で代打出場した北川博敏、新人の大久保勝信からプロ野球史上初の代打逆転サヨナラ満塁優勝決定本塁打で、12年ぶり4度目のパ・リーグ優勝を決める。
【理由】眼前で見た、最も解りやすい奇跡の一瞬。スコアラーをしていた私は「代打、逆転、満塁、サヨナラ、優勝決定ホームラ~ン」と実況するアナウンサーにあわせて、指を折っていました。『あと、おつりなしだなぁ』と思いながら。
[NHK] 森中 直樹 氏
【1】1992年9月21日 オリックス-近鉄 (神戸)
【理由】「野茂-イチロー」の初対決。イチローがまだ登録名「鈴木」で、野茂との最初の対決は空振り三振。この試合、野茂は13三振で完封勝ち。野茂自身プロ通算50勝、プロ入り3年連続15勝と200奪三振をマークする記録ずくめだった。翌年、イチローはプロ初ホームランを野茂から打つが、その後MLBにも舞台を移して行われた名勝負の第一歩である。
【2】1977年9月3日 読売-ヤクルト (後楽園)
王選手、756号ホームラン
【理由】打った瞬間、王選手が万歳をして満面の笑みを浮かべた姿は瞼に焼き付いている。その後王選手には、サンデースポーツにスペシャル・コメンテーターとしてご出演いただいたり、ワールドシリーズ中継に解説者としてご同行願ったり、様々な仕事をご一緒させていただけるとは夢にも思いませんでした。
[RKB毎日放送] 石田 一洋 氏
【1】2001年9月26日 大阪近鉄-オリックス (大阪ドーム)
【理由】北川選手の代打逆転サヨナラ満塁ホームランでの優勝決定。実況のベテランアナウンサーも「あー!あー!あー!」としか言葉が出ないほどの劇的すぎる結末はドラマや漫画の世界のようだった。こんなにドラマティックな一発は、もう二度とないのではないだろうか。
【2】1999年5月16日 西武-オリックス (西武ドーム)
イチロー対松坂、初対決
【理由】18歳の高卒ルーキーが天才打者から3三振を奪って、ファンの度肝を抜いた初対戦。日本の野球の歴史を変える超大物の存在を実感した瞬間だった。試合後の「自信が確信に変わりました」という松坂の言葉も含めて、印象的な対決だった。
[RKB毎日放送] 茅野 正昌 氏
【1】1983年11月5日 西武-読売 (西武)日本シリーズ第6戦
【理由】日本一に王手をかけた読売が9回表に逆転。第2戦完封勝利の西本を登板させるも、西武が同点に追いつき延長戦。最後は読売・江川から西武の代打・金森がサヨナラ打。3度の逆転劇が、このシリーズの死闘を象徴していた。
【2】1987年11月1日 西武-読売 (西武)日本シリーズ第6戦
秋山の単打で1塁ランナー辻が生還
【理由】センター・クロマティの緩慢な動きとショート川相の一瞬三塁に背を向ける右ターンの癖を見事についた。西武・伊原コーチの観察眼の鋭さと、西武野球の質の高さをみせつけた。
[RKB毎日放送] 櫻井 浩二 氏
【1】1989年10月26日 読売-近鉄 (東京ドーム)日本シリーズ
【理由】この日本シリーズ、読売は近鉄に初戦から3連敗。絶不調だった原は「戦犯」とまで言われていた。7回、二死1・3塁で、近鉄バッテリーはクロマティを敬遠。原との勝負を選択した。この場面で原は起死回生の満塁ホームラン。一気に流れを手繰り寄せ、奇跡の逆転日本一への足がかりを作った。
【2】2005年5月18日 福岡ソフトバンク-読売 (ヤフードーム)
斉藤和巳対小久保
【理由】斉藤が「人生の師」と仰ぐ小久保との対決。第1打席~第3打席を打ち取った斉藤は、点差が開き走者もいない第4打席、キャッチャー城島に「真っ直ぐ勝負」を直訴した。5球目の148キロで小久保はショートフライ。小久保は笑顔で「ナイスボール」と声をかけた。真剣勝負の場でかなった、斉藤の最高の恩返し。
[RKB毎日放送] 高田 智彦 氏
【1】1988年10月19日 ロッテ-近鉄 (川崎)ダブルヘッダー
【理由】「パ・リーグの一番長い日」と呼ばれる「10・19」。第1試合での劇的決勝点、第2試合での時間との戦い、無人のスタジアムで待機する西武ナイン。そして優勝がなくなりながらも守備についた近鉄ナイン。全てが記憶に残るゲームだった。物語は悲劇のまま終わらず、翌年のブライアント4連発での近鉄優勝まで続く、大河ドラマだった。
【2】1987年11月1日 西武-読売 (西武)日本シリーズ第6戦
秋山のセンター前ヒットで1塁ランナー辻がホームイン
【理由】強力なクリーンアップや先発投手陣に注目が集まる中、西武野球の「本当の強さ」を感じさせられたシーン。
[RKB毎日放送] 田中 友英 氏
【1】1994年10月8日 中日-読売 (ナゴヤ)
【理由】日本中が熱狂した「10・8」。長嶋監督の槙原-斉藤-桑田の投手起用、中日・立浪のアクシデントなど、記憶に残る試合だった。
【2】1995年10月25日 ヤクルト-オリックス (神宮)日本シリーズ第4戦
小林宏対オマリー
【理由】延長11回、一打サヨナラの場面で、オマリーが8球ファウルで粘り、小林宏も真っ向勝負。手に汗握る、しびれる対戦だった。
[RKB毎日放送] 服部 義夫 氏
【1】1993年4月17日 福岡ダイエー-近鉄 (福岡ドーム)
【理由】日本初の開閉式ドームでの(本拠地)開幕戦。野茂と村田の投げあいで、1-0で近鉄が勝った。新しい時代の幕開けを感じさせる、新しい野球が誕生する瞬間を感じたゲーム。
【2】1979年11月4日 近鉄-広島東洋 (大阪)日本シリーズ第7戦
「江夏の21球」
【理由】野球の面白さ、難しさ、怖さが凝縮された場面
[TBS] 角田 一房 氏
【1】1998年10月8日 阪神-横浜 (甲子園)
【理由】横浜ベイスターズ38年ぶりのリーグ優勝。それまで低迷を続けていた(97年は2位でしたが)ベイスターズが監督1年目の権藤監督の元、掴み取った優勝。8番進藤の逆転タイムリー、そして守護神佐々木が、最後新庄を伝家の宝刀フォークボールで討ち取った瞬間は忘れられません。更に見守る家族の方々の歓喜の涙も・・・
【2】2001年9月26日 近鉄-オリックス (大阪ドーム)
優勝を決める北川選手の代打満塁サヨナラホームラン
【理由】何と言っても近鉄・北川選手の代打逆転サヨナラ満塁ホームランと言う劇的な幕切れでリーグ優勝が決まった、今後2度と見ることがないであろう試合、場面をこの目でじかに見た事は忘れられません。
[TBS] 衣笠 祥雄 氏
【1】1979年11月4日 近鉄-広島東洋 (大阪)日本シリーズ第7戦
【理由】日本シリーズ第7戦。野球というゲームの面白さ、怖さ、心理戦というのが、この試合にはあったと思う。
【2】1995年10月25日 ヤクルト-オリックス (神宮)日本シリーズ第4戦
日本シリーズ第4戦。小林投手とオマリー選手の14球。
【理由】14球全てストレート。力勝負の面白さを見せてくれた。力と力の勝負は野球の原点。日本でもこんな力勝負が見られるんだと嬉しく思った。
[TBS] 田淵 幸一 氏
【1】1983年11月5日 西武-読売 (西武)日本シリーズ第6戦
【理由】日本シリーズ第6戦。日本球界最大のイベントである日本シリーズで、金森が放ったレフトオーバーのサヨナラタイムリーで勝利という、劇的な試合だったから。
【2】1969年4月13日 阪神-横浜大洋 (甲子園)
(自身が)9回に代打でプロ初打席に立ち、3球三振。(相手ピッチャーは平松政次)
【理由】やはり自分のプロ初打席は思い出に残っている。
[TBS] 小宮 久幸 氏
【1】2006年3月20日 キュ-バ-日本 (PETCO Park)WBC決勝戦
【理由】WBC第1回大会決勝。6対3と日本リードで迎えた8回裏、3人目の藤田がセペダにツーランHRを浴びて1点差…世界一が危ぶまれたが王監督か掲げる「スモールベースボール」で9回に4点を奪い、最後は大塚が三振に仕留めて世界一を手にした。当時、サンディエゴで取材中だった私は、その瞬間スタンドで鳥肌が立ったことを今でも忘れてはいない。第1回に世界一を勝ち取ったからこそ昨年の世界一が価値のあるものとなった。
【2】1977年9月3日 読売-ヤクルト (後楽園)
王貞治選手756号のホームラン世界新記録
【理由】努力して手に入れた世界一美しいフラミンゴ打法。小柄な選手が世界新記録を達成した瞬間は子供の記憶ながら鮮明に脳裏に焼きついている。当時、私は7歳で前カードの大洋戦を後楽園で観戦していたので思い出深いシーンである。
[TBS] 中村 秀昭 氏
【1】1982年6月23日 阪急-西武 (西宮)
【理由】勝てば前期優勝にM1が点灯する西武1年目の広岡達郎監督は、並々ならぬ決意で勝ちを求めていた。勝てばM1と言っても負ければ優勝が絶望的になる状況でもあった。ローテーション通りなら高橋直樹先発のところ監督の腑には落ちず、周囲にも隠さぬくらいに迷い続けていた。蓋を開ければ西武の先発は大奇襲で、左ワンポイントのスペシャリスト永射保。報道陣の誰一人として予想した者はなく、上田監督の阪急もミーティングの俎上に上がっていない投手の先発に大混乱した。結果的には、1回表の立花満塁ホームラン等で大量点を奪った西武打線が11得点の大爆発。永射の投球自体は勝敗の分岐点に立たなかったが、プレイボール前に阪急に与えた衝撃は大きかった試合。試合後、「先発・永射」を聞かれた広岡監督は、「奇襲でなく、考えに考え抜いた結果、勝つには1番福本を出塁させないことだと決論を得た。福本に一番強いのが永射だった」と話した。失敗したら批判の矢面に立つ局面での広岡采配に、怖ささえ覚えた選手起用だった。
【2】1995年10月25日 ヤクルト-オリックス (神宮)日本シリーズ第4戦
ヤクルト対オリックス日本シリーズ第4戦、オリックス投手小林宏とヤクルト打者オマリーの14球
【理由】11回裏ヤクルトは1死1・2塁サヨナラチャンスで4番オマリー。直球とスライダーで2ストライク0ボールとした小林は、この後、12球中10球が直球(変化球2球は共にボール)。ホームラン性のライト大ファールを2回浴びながらも最盛期のオマリーに対して臆することなくストライクゾーンで戦い、フルカウントからの直球で空振り三振を奪った。小林は5番古田も中飛に打ち取り、この回無失点。12回表オリックスはDJが伊藤昭光から決勝ホームランした。
[TBS] 槙原 寛己 氏
【1】1994年10月8日 中日-読売 (ナゴヤ)
【理由】勝てば「天国」負ければ「地獄」同率首位で迎えた最終決戦で私は2日前に長嶋監督から先発を言い渡されました。その日からマウンドに上がるまで「ドキドキ感」が収まりませんでした。当日、球場への出発前にホテルで行われたミーティングでの長嶋監督「絶対に勝つ!勝つ!勝つんだ!!」と力の篭った言葉は今でも忘れられず、あの一言で選手たちは奮い立ち、気持ちがひとつにまとまった事は間違いはありません。最後の決戦…まさに戦争に向かう雰囲気でした。
【2】1977年9月3日 読売-ヤクルト (後楽園)
王貞治選手756号のホームラン世界新記録
【理由】当時、中学生だった私はテレビで試合を見ていました。打てば「世界新記録」と言う事は知っていましたが、その瞬間はさすがに興奮しました。あのホームランが私の野球熱を上げる一打となり、それまで以上に真剣に野球へ取り組む気持ちを与えてくれました。王選手の世界新記録達成がなければ今の私は存在していなかったと思います。
[TBS] 林 正浩 氏
【1】1994年10月8日 中日-読売 (ナゴヤ)
【理由】リーグ最終戦で、両チームともに勝てば優勝が決まるというゲームにおいて、ライバルの読売と中日が激突。 まさに国民的行事となった。            
【2】2009年3月23日 韓国-日本 (Dodger Stadium)WBC決勝戦
10回2死二、三塁から、イチロー選手がセンター前にヒット
【理由】日本中が固唾をのんで見守る中、優勝を決定づけたタイムリーヒット
[TVQ九州放送] 古川 道敏 氏
【1】2006年10月12日 北海道日本ハム-福岡ソフトバンク (札幌ドーム)プレーオフ第2ステージ第2戦
【理由】プレーオフ第2戦。右肩に爆弾を抱えている斎藤和巳が中4日で登板。リーグ優勝を決めるしびれる試合で投手戦を繰り広げるも9回。稲葉のセカンド内野安打で2塁ランナー森本が生還しサヨナラ。マウンド上で崩れ落ちるエースの姿が印象に残っている。
【2】2001年9月26日 近鉄-オリックス (大阪ドーム)
北川の代打サヨナラ逆転満塁ホームランでリーグ優勝を決めた
【理由】記者として現場にいて外野スタンドで最後の一球のコメント撮りをしていたらすぐ目の前に打球が飛んできたことを今でも覚えている。あんなインパクトのあるシーンはない!
[TVQ九州放送] 五十嵐 千了 氏
【1】1988年10月19日 ロッテ-近鉄 (川崎)ダブルヘッダー
【理由】ミラクル近鉄の優勝を打ち砕いたロッテ高沢の同点ホームランと有藤監督の猛抗議。優勝はない事が確定したあとの、守備につく近鉄ナインを見守る「今は亡き仰木監督の表情」が今でも心に焼き付いています。
【2】1985年4月17日 阪神-読売 (甲子園)
バース・掛布・岡田のバックスクリーン3連発
【理由】阪神が久しぶりに優勝した年の象徴。読売・クロマティの背中が印象的。
[中国放送] 石田 充 氏
【1】1997年4月4日 読売-ヤクルト (東京ドーム)
【理由】97年の開幕戦。ヤクルトに移籍した小早川が3打席連続ホームラン。この試合で勢いに乗ったヤクルトが一度も首位をゆずらずリーグ優勝、日本一に輝いた。
【2】2007年10月6日 広島東洋-横浜 (広島)
広島・佐々岡の引退試合で村田がホームラン
【理由】地元で最後の登板となった広島・佐々岡の引退試合とはいえ真剣勝負。この年ホームラン王となった村田も涙ながらにホームイン。印象的でした。
[中国放送] 石橋 真 氏
【1】1989年10月12日 西武-近鉄 (西武)
【理由】西武対近鉄のダブルヘッダー。西武、近鉄、オリックスの三つ巴の争いの中でブライアントが放った4打数連続ホームランはインパクトがあった。常勝西武を打ち砕いた試合。
【2】1986年9月24日 読売-広島東洋 (後楽園)
津田投手が投げたストレートに原辰徳選手が強振しファウル。その際、左手を骨折。
【理由】全力投球にフルスイングで挑む両者の戦いは見ごたえ十分。強振したバッターの手の骨を折る津田投手のストレートに衝撃を受けた。
[中国放送] 一柳 信行 氏
【1】1975年10月15日 読売-広島東洋 (後楽園)
【理由】球界のお荷物とまで呼ばれ、前年まで3年連続最下位の広島が“球界の盟主”読売軍を直接下して球団創設26年目で初優勝したことは明らかに読売一極集中のプロ野球界が大きく変化していく象徴の試合に見えた。また、Mrジャイアンツ長嶋茂雄さんの引退セレモニーから1年と1日後に広島が優勝した事はとても偶然とは思えない。
【2】1989年10月12日 西武-近鉄 (西武)ダブルヘッダー
近鉄ブライアントの4打数連続ホームラン
【理由】ダブルヘッダーの2試合にまたがっての4打数連続ホームラン。特に第1試合で渡辺久信が打たれた直後にひざまづいたシーン。近鉄は前年10・19の悲劇を経験しており、今年こそ優勝する!という執念があのホームランに込められていたように見えた。
[中国放送] 久保 泰彦 氏
【1】1991年10月13日 広島東洋-阪神 (広島)
【理由】ダブルヘッダーの第2試合。カープがV6を決めた試合。これを最後にカープは優勝から遠ざかっている。球場内でファンが参加してのビールかけは伝説となっている。
【2】1987年9月20日 広島東洋-読売 (広島)
最終回に、当時怪物の異名をほこった江川卓から広島のルーキー小早川毅彦がライトスタンドにサヨナラホームラン。江川はマウンド上にがっくりとひざをつく。
【理由】引退会見で江川自身が「小早川くんに打たれたホームランで引退を決意した」と述べた。一人の偉大な野球人の人生を決めたホームラン。
[中国放送] 桑田 晋吾 氏
【1】1991年10月13日 広島東洋-阪神 (広島)
【理由】20世紀最後のカープ優勝。優勝から遠ざかること20年。今度カープが優勝するのはいつになるのやら。だからこの試合には価値がある!
【2】1992年9月13日 読売-広島東洋 (東京ドーム)
前田智徳、涙の2ランホームラン
【理由】5回に自身の無理な捕球から相手にランニングホームランを献上。1―1の同点で迎えた八回、責任を感じていた前田は勝ち越し2ランを放ちダイヤモンドを一周しながら目頭を押さえた。サムライ前田が見せた最高の男泣きに感動!
[中国放送] 松本 清孝 氏
【1】2008年9月28日 広島東洋-東京ヤクルト (広島)
【理由】被曝都市ヒロシマの復興の象徴として、長くファンに愛された広島市民球場の最終公式戦。笑顔あり、涙あり、広島の枠をこえ、プロ野球の枠を超えた。歴史的な試合だった。
【2】1992年10月1日 広島東洋-ヤクルト (広島)
町田公二郎のサヨナラホームラン
【理由】延長13回、午前零時を超える大激戦を終わらせた感動の一発!試合時間「6時間1分」は延長試合としてのセ・リーグ5番目の長さ。広島としては最長。
[中国放送] 道盛 浩 氏
【1】1985年4月17日 阪神-読売 (甲子園)
【理由】バース、掛布、岡田のバックスクリーン3連発。阪神21年ぶりの優勝を象徴するゲーム。
【2】2010年5月15日 広島東洋-北海道日本ハム (マツダ)
3回裏、投手ダルビッシュ対前田健太
【理由】これからの日本のプロ野球の投手はこの2人が引っ張っていくというオーラが出ていた対決。2人の直接対決も面白かった。
[テレビ愛知] 匿名
【1】2007年11月1日 中日-北海道日本ハム (ナゴヤドーム)日本シリーズ第6戦
【理由】山井投手、岩瀬投手の継投による日本シリーズ・優勝決定戦での完全試合。「優勝決定戦での完全試合」は今後もあるかもしれないが、「優勝決定戦での継投による完全試合」は、今後起こらないと思うから。
【2】1985年4月17日 阪神-読売 (甲子園)
バース、掛布、岡田のバックスクリーン3連発
【理由】当時、私は小学生だったが、「バックスクリーン3連発」という言葉だけで、今でもそのシーンが頭の中によみがえるから。
[テレビ朝日] 濱島 達史 氏
【1】1988年10月19日 ロッテ-近鉄 (川崎)ダブルヘッダー
【理由】明らかにセ・パで人気に格差のあった当時、パ・リーグのワンプレー、ワンプレーに野球ファンを越えたレベルで注目が集まったことに驚きを感じたから。
【2】2006年10月12日 北海道日本ハム-福岡ソフトバンク (札幌ドーム)プレーオフ第2ステージ第2戦
難しい当たりの二遊間の打球の処理で勝負が決し、敗れた斎藤投手が崩れ落ちたシーン。
【理由】「プレーオフ」の面白さを認識させてくれ、完全に「プレーオフ」のシステムを定着させてくれた試合だったから。
[テレビ大阪] 酒井 健治 氏
【1】1979年11月4日 近鉄-広島東洋 (大阪)日本シリーズ第7戦
【理由】江夏の21球
【2】1979年11月4日 近鉄-広島東洋 (大阪)日本シリーズ第7戦
江夏の21球【理由】
[テレビ大阪] 千年屋 俊幸 氏
【1】1988年10月19日 ロッテ-近鉄 (川崎)ダブルヘッダー第2試合
【理由】「10.19の悲劇」であり、仰木マジックあと一歩届かず。日本プロ野球史上最もドラマチックな試合。
【2】1979年11月4日 近鉄-広島東洋 (大阪)日本シリーズ第7戦
江夏の21球
【理由】いまだ語り継がれ今後も語り継がれるであろうシーンだから。
[テレビ大阪] 直木 啓次 氏
【1】1979年11月4日 近鉄-広島東洋 (大阪)日本シリーズ第7戦
【理由】「江夏の21球」というドラマチックな結末。
【2】1968年9月17日 阪神-読売 (甲子園)
江夏投手がシーズン奪三振タイ記録を王選手からとり、後続を三振をとらず打者一巡させ、新記録も王選手からとった。
【理由】大記録にもまして、このような取り方をこのような大打者でするなど二度とできないと思う。
[テレビ東京] 上野 信一 氏
【1】2006年10月12日 北海道日本ハム-福岡ソフトバンク (札幌ドーム)プレーオフ第2ステージ第2戦
【理由】プレーオフセカンドステージ第2戦。その年投手5冠を獲得した斉藤の力投はすばらしかったが、9回、ひとつのフォアボールをきっかけに日本ハムのサヨナラ勝利を呼び込む。負けたら終わりというがけっぷちの戦いで、0-1という究極の投手戦の醍醐味もさることながら、サヨナラ勝利に沸く日本ハムナインと、対照的にマウンドで崩れ落ちた斉藤と外野でうなだれていた松中の表情が印象的。
【2】2007年11月1日 中日-北海道日本ハム (ナゴヤドーム)日本シリーズ第5戦
中日が王手をかけていた第6戦、8回まで、ノーヒッターを続けていた中日の山井が交代を告げられたシーン
【理由】この夜中継の現場にいましたが、落合監督の采配には放送席の解説者たちも絶句。球場も異様な雰囲気に包まれていたのが印象的でした。
[テレビ東京] 栗原 一路 氏
【1】1994年10月8日 中日-読売 (ナゴヤ球場)
【理由】最終戦、同率首位同士の直接対決というドラマでも演出できないような舞台設定。長いペナントレースでこれほど「1勝」の重みのある試合は他に記憶にない。
【2】1988年10月19日 ロッテ-近鉄 (川崎)ダブルヘッダー第2試合
勝てば近鉄の優勝が決まるダブルヘッダーの2試合目。同点のまま規定の「4時間」を超え、近鉄の勝ちがなくなった10回裏。優勝の可能性がなくなったにもかかわらず守備につかなければならなかったシーン。「悲劇の10回裏」とも称された。
【理由】子供の頃、テレビでこの試合の中継を食い入る様に見ていました。「引き分け」という結果、さらに「時間切れ」という非情さがこれほどクローズアップされた試合は他にないと思います。
[テレビ東京] 山室 泰造 氏
【1】2009年10月24日 北海道日本ハム-東北楽天 (札幌ドーム)
【理由】楽天が最終的には日本ハムに負けたが、岩隈の登板や試合後、両チームの選手が野村監督を胴上げするなど、「良い」試合だったと思う
【2】1999年4月7日 日本ハム-西武 (東京ドーム)
西武・松坂プロ初登板
【理由】当時日本ハムの担当をしていたこともあり、印象に残っている。片岡からは155キロのストレートで三振、小笠原にはホームランなど印象に残っている
[テレビ愛知] 匿名
【1】1989年8月12日 中日-読売 (ナゴヤ)
【理由】読売のエース・斉藤が9回一死までノーヒット・ノーラン。試合も3-0で読売リードから、中日は代打・音が初ヒットで記録を止め、その後1点返し、落合が逆転サヨナラ3ラン。最後までわからない、劇的な展開の試合だった。
【1】1994年10月8日 中日-読売 (ナゴヤ)
【理由】2チームが同率で並び、シーズン最終戦で勝った方がリーグ優勝という、プロ野球史上初の歴史的な試合だったから。
【2】1979年11月4日 近鉄-広島東洋 (大阪)日本シリーズ第7戦
9回裏、広島・江夏がスクイズを外した場面を象徴とする攻防。いわゆる「江夏の21球」
【理由】日本シリ-ズ第7戦。両チームとも初の日本シリーズ優勝をかけた試合の9回裏に繰り広げられた攻防に手に汗握った。
【2】1987年8月9日 中日-読売 (ナゴヤ)
ドラフト1位のルーキー・近藤真一が巨人打線を相手にプロ初登板ノーヒットノーランの快挙を達成。
【理由】高校出たての18歳ルーキーが大きなカーブを駆使して読売打線を翻弄した衝撃的な試合だった。
[テレビ大阪] 加野 季彦 氏
【1】1988年10月19日 ロッテ-近鉄 (川崎)ダブルヘッダー
【理由】球場に入れないファンが、場外からラジオを聴きながら声援を送っていた試合なんて他に記憶が無い。何せ記者席で出前を取っても、出前持ちが球場内へ入って来れないほどたくさんのファンが球場外にいたのだから。外野スタンド後方にあるマンションの屋上にも多数のファンがいたなあ。ダブルヘッダー試合前から異様なムード、そこへ飛び込んできた阪急ブレーブス身売りのニュース。それさえ吹き飛ぶ第1試合の近鉄の執念、第2試合のロッテのしょうもない抗議による遅延行為。あの日は一日すべてがドラマだった。
【2】1974年10月14日 読売-中日 (後楽園)
ダブルヘッダー第1試合後、長嶋が突然、ベンチから外野スタンドの方へ歩きだし、グラウンドを一周したシーン。
【理由】秋の日差しが眩しかった。真っ白なタオルで涙を拭い、子供心に映画のワンシーンを観ているような気持ちになった。長嶋の格好よさに心を奪われた。
[テレビ大阪] 植草 結樹 氏
【1】2003年10月23日 阪神-福岡ダイエー (甲子園)日本シリーズ第4戦
【理由】2003年日本シリーズ第4戦。阪神1勝2敗でむかえた試合は、白熱したシーソーゲーム。延長10回裏 金本のサヨナラホームランで決着。金本、星野監督、阪神ナイン、そしてスタンドのファンが最高の表情を見せた。
【2】1971年7月17日 (西宮)オールスター第1戦
オールスター第1戦 セ・リーグ先発の江夏豊投手が史上初の9者連続奪三振を達成
【理由】今でも 強烈なイメージが残っている。パリーグの強打者相手に三振の山。この記録にまつわるエピソードもいろいろ紹介され、まさに名シーン
[ニッポン放送] 伊沢 尚記 氏
【1】1994年10月8日 中日-読売 (ナゴヤ)
【理由】プロ野球史上初の同率首位でのシーズン最終戦での優勝決定試合。読売・落合、中日・立浪の負傷、読売 三本柱の継投などドラマティックなシーンが彩った。
【2】1974年10月14日 読売-中日 (後楽園)
長嶋茂雄 現役引退セレモニー
【理由】ミスターの17年間の現役生活の終わり。読売の連覇の終わりで、一つの時代が終わった。
[ニッポン放送] 煙山 光紀 氏
【1】1992年10月25日 ヤクルト-西武 (神宮)日本シリーズ第6戦
【理由】ヤクルトが荒木、西武が工藤の先発で、5度の逆転が繰り返され、延長10回 ヤクルト・秦のサヨナラHRでサヨナラ勝ち。まさに、「死闘」。
【2】1986年6月5日 読売-阪神 (後楽園)
高卒1年目の桑田真澄投手が、阪神・バースをファーストゴロに打ち取ったシーン。
【理由】高卒1年目の注目投手が、阪神のスーパー助っ人を打ち取ったこのシーンは、非常に鮮明に覚えており、個人的に最高の名シーンです。
[ニッポン放送] 長井 伸介 氏
【1】2009年3月23日 韓国-日本 (Dodger Stadium)WBC決勝戦
【理由】アジア予選から、計5回も対戦し、最後は日本のプロ野球の底力を感じた。中継契約から携わり、決勝ラウンドも現地で中継したので、2連覇の瞬間は、最高に感動した試合。
【2】1988年10月19日 ロッテ-近鉄 (川崎)ダブルヘッダー
ロッテ対近鉄第25・26回戦(ダブルヘッダー)。最後は、時間切れ引き分けで、西武が無人の所沢で胴上げ。
【理由】入社2年目で、当日2試合とも現場を担当したので、私の中では、一番思い出に残る仕事。しかし内容的には「最高の試合」ではなかったので、「名シーン」として、選びました。
[ニッポン放送] 師岡 正雄 氏
【1】2009年3月23日 韓国-日本 (Dodger Stadium)WBC決勝戦
【理由】WBC2連覇。日本中が感動しました。
【2】2006年3月19日 日本-韓国 (PETCO Park)WBC準決勝
福留の先制ホームラン
【理由】不振でスタメンを外れた福留が、0-0で迎えた7回に代打で登場。宿敵韓国から先制の2ランホームラン。この試合、このホームランをきっかけに、日本は優勝へ進んだ。
[ニッポン放送] 山内 宏明 氏
【1】2004年8月17日 日本-キュ-バ (Olympic Baseball Centre)アテネ五輪
【理由】強敵キューバを相手に、松坂が力投。和田、城島、中村紀のホームランが印象的でした。
【2】1999年4月7日 日本ハム-西武 (東京ドーム)
松坂大輔投手のプロデビュー戦
【理由】片岡選手に155キロのストレートで三振を取り、怪物に相応しいデビューが、印象的でした。
[日本テレビ] 蛯原 哲 氏
【1】1988年10月19日 ロッテ-近鉄 (川崎)ダブルヘッダー
【理由】当時、中学2年生。近くの理髪店で、髪を切りながら見ていた。理髪店のご主人の手が、ほとんど動かず、みんなでテレビに見入っていたので、よく覚えている。2位・近鉄が連勝すれば、すでに全日程を終了している西武を逆転して優勝できる。当時、第1試合は、延長戦なし、第2試合は、試合時間は4時間を越えてはならないというルールが存在し、結局、時間切れ。近鉄は第2試合、延長戦を戦うが優勝できなかった。二度と生まれないだろう「悲劇のダブルヘッター」
【2】1985年4月17日 阪神-読売 (甲子園)
阪神7回裏、巨人・槙原からバース・掛布・岡田のバックスクリーン3連発。                    
【理由】当時、小学5年生。この年、阪神ファンになった。阪神ファンが全国的に一気に増えた、そんなシーン。バックスクリーン3連発は、今後、そうは生まれないだろう。
[日本テレビ] 上重 聡 氏
【1】1994年10月8日 中日-読売 (ナゴヤ)
【理由】まさに「国民的行事」。テレビにかじりついて見ていました。プレイボールからゲームセットまで見ている人が緊張、興奮しっぱなしの試合は、今後ないような気がします。槙原ー斉藤ー桑田の投手リレーはリーグ戦ではおそらくこういう状況の試合じゃないと見られないと思いました。 
【2】1999年4月7日 西武-日本ハム (西武ドーム)
平成の怪物・松坂大輔選手のデビュー戦。片岡選手を三振にとった155キロのボール
【理由】私が高校時代・甲子園で対戦した松坂選手のデビュー戦。プロの世界でどのくらい通用するうだろうと興味深く見ていました。高校の先輩・片岡選手を三振に取った時、「どうだ!すごいだろう」と嬉しくなったのを覚えています。
[日本テレビ] 新谷 保志 氏
【1】1994年10月8日 中日-読売 (ナゴヤ)
【理由】長いシーズンを戦った上で両チームが並び、勝ったほうが優勝という、史上まれに見る激戦。試合開始から終了まで、1球1球・1プレー1プレーに緊張感があふれていた。まだ入社前でしたが、ずっと緊張したままテレビにかじりついていたのを思い出します。
【2】2008年11月9日 読売-埼玉西武 (東京ドーム)日本シリーズ第7戦
片岡が出塁と盗塁、犠打で三塁に進むと、中島の内野ゴロで本塁生還したシーン。
【理由】野球は打つだけではない、藻類の素晴らしさを改めて示したシーンだったから。
[日本テレビ] 田辺 研一郎 氏
【1】2009年3月23日 韓国-日本 (Dodger Stadium)WBC決勝戦
【理由】WBC決勝戦。日本中が一つになった瞬間。野球が日本中を元気にするパワーをもったスポーツであることを改めて証明した。
【2】2010年4月24日 読売-広島東洋 (東京ドーム)
木村拓也コーチの追悼試合。同級生、谷選手の満塁ホームランで奇跡の逆転勝利
【理由】本塁打を打たれた広島・高橋健投手も木村拓也コーチと同期入団である事が伝えられず、野球を伝える立場の人間として糧にしなければならない放送であった点においても印象に残るシーン。
[日本テレビ] 平川 健太郎 氏
【1】1994年10月8日 中日-読売 (ナゴヤ)
【理由】勝ったほうが優勝の「国民的行事」。見たことの無い緊張感、槙原ー斎藤ー桑田の豪華リレーなど全てが特別な試合だった。
【2】2004年8月17日 読売-ヤクルト (東京ドーム)
工藤公康、史上最年長(当時)41歳3ヶ月での通算200勝。
【理由】史上最年長(当時)での達成もさることながら、自ら放ったプロ初ホームランが決勝点となり、しかも完投で飾ったところ。
[日本テレビ] 町田 浩徳 氏
【1】2009年9月4日 読売-東京ヤクルト (東京ドーム)
【理由】阿部・鶴岡が交代し、3人目の捕手加藤も負傷退場して捕手がいなくなった読売。急遽広島時代に捕手経験のある木村拓也が10年ぶりに捕手として12回表の守備に付いた試合。見事なプレーで引き分けに持ち込んだ。原監督の求める理想の選手像でもあった。
【2】2009年9月4日 読売-東京ヤクルト (東京ドーム)
阿部・鶴岡が交代し、3人目の捕手加藤も負傷退場して捕手がいなくなった巨人。急遽広島時代に捕手経験のある木村拓也が10年ぶりに捕手として12回表の守備に付いた試合。見事なプレーで引き分けに持ち込んだ。
【理由】原監督の求める理想の選手像であり、リーグ3連覇への流れを作ったと言ってもいい12回表の守備。原監督が木村の背中を強く何度も叩いて「よくやったと」いう場面は感動的。
[広島ホームテレビ] 河野 佑祈 氏
【1】1987年11月1日 西武-読売 (西武)日本シリーズ第6戦
【理由】「清原の涙」。日本一、勝利まであとアウトひとつとなった時に流した清原の涙は印象的。西武の黄金期を表す試合ともいえる。
【2】1979年7月31日 広島東洋-読売 (広島)
高橋慶彦33試合連続安打
【理由】22歳の若さで達成。いまだに破られることのない大記録。
[広島ホームテレビ] 田所 英 氏
【1】1989年10月12日 西武-近鉄 (西武)
【理由】王者西武と近鉄の熾烈なマッチレースで、最後の直接対決ダブルヘッダーで起こした奇跡の4打席連続ホームランはドラマチックすぎる!!
【2】1984年7月24日 (ナゴヤ)オールスター
江川の8連続奪三振。
【理由】江夏の9連続奪三振を破れなかったが、ストレートは速かった。
[広島ホームテレビ] 早川 正浩 氏
【1】1979年11月4日 近鉄-広島東洋 (大阪)日本シリーズ第7戦
【理由】日本シリーズ第7戦。「江夏の21球」。広島1点リードの9回裏、江夏は自ら無死満塁のピンチを背負うがスクイズを外すなど0点に抑え、広島が初の日本一を決めた試合。広島ファンが一番沸きたった試合。広島中の学校は授業をやめ日本シリーズ中継を観戦した。それくらい広島は盛り上がった。
【2】2007年9月1日 広島東洋-中日 (広島)
NPB史上36人目となる2000本安打を達成した前田智徳選手のバッティング。
【理由】2度にわたるアキレス腱の故障を乗り越え2000本安打を達成。試合後のインタビューでの涙が印象深い。
[福岡放送] 阿南 勝朗 氏
【1】1994年10月8日 中日-読売 (ナゴヤ)
【理由】129試合で読売、中日がどちらも69勝60敗で並び、史上初の同率での最終戦直接決戦となった試合で読売が先発三本柱・槙原、斉藤、桑田のリレーが印象に残っている
【2】2006年10月12日 北海道日本ハム-福岡ソフトバンク (札幌ドーム)プレーオフ第2ステージ第2戦
プレーオフ第2ステージ第2戦ソフトバンクがサヨナラ負けで敗退。
【理由】斉藤和己投手がマウンド上で崩れ落ち、チームメートに抱きかかえられベンチへ戻る姿が印象的であった
[福岡放送] 大桐 隆行 氏
【1】1985年4月17日 阪神-読売 (甲子園)
【理由】「伝説」のバックスクリーン3連発。夢か、現実か、生の記憶か、ニュースの記憶か。その頃から、サッカー少年として目覚めた私に、「それでいいのか?野球もいいぞ!」と思わせた衝撃的なシーンだったことを、いまでも覚えている。
【2】2005年7月15日 福岡ソフトバンク-西武 (ヤフードーム)
松坂vs松中。3連発。弊社の中継だった。これぞプロ野球!と感じた1シーン。
【理由】プロ選手でさえ誰も真似できないの勝負だったのではと想像できたから。
[福岡放送] 田中 朋紀 氏
【1】2006年10月12日 北海道日本ハム-福岡ソフトバンク (札幌ドーム)プレーオフ第2ステージ第2戦
【理由】プレーオフ第2ステージ・第2戦。負けたら終わるソフトバンクはエース斉藤和巳が先発。お互いに一歩も譲らぬ白熱した投手戦の幕切れは9回裏、二死一・二塁の場面で稲葉の痛烈なゴロの間に二塁走者の森本稀哲が一気に本塁へ生還しサヨナラ勝ち。北海道日本ハムのリーグ優勝が決定。マウンド上で崩れる斉藤投手の姿が印象的。
【2】1999年10月26日 中日-福岡ダイエー (ナゴヤドーム)日本シリーズ第3戦
6回裏先頭の益田が出塁すると一死後、2番久慈の当たりはあわや同点ツーランかというライトへの大飛球にライトの秋山がフェンスを駆け上りダイレクトキャッチの超ファインプレー。一塁走者の益田は戻れずダブルプレー。
【理由】現・ソフトバンク秋山監督の身体能力の凄さを感じたスーパープレー。
[福岡放送] 松井 礼明 氏
【1】2006年10月12日 北海道日本ハム-福岡ソフトバンク (札幌ドーム)プレーオフ第2ステージ第2戦
【理由】日本シリーズ進出を目指す両チーム。ソフトバンクのエース斉藤和己に対して全員攻撃でサヨナラ勝利で日本シリーズ進出を決めた日本ハム。斉藤和己の力投と共に、全員野球の光った日本ハムのまさに名勝負だった。
【2】2005年7月15日 福岡ソフトバンク-西武 (ヤフードーム)
松中が当時・西武の松坂から一試合3本のホームランを放った
【理由】怪物・松坂のストレート勝負に対してフルスイングで応えた松中。まさにプロらしい勝負だった。
[福岡放送] 長谷 剛宏 氏
【1】1988年10月19日 ロッテ-近鉄 (川崎)ダブルヘッダー
【理由】「歴史に残る壮絶なダブルヘッダー」この日の試合規定、試合内容。両チームの、特に近鉄の勝利に対する気迫、執念、全てがこのダブルヘッダーをドラマチックなものにしたと思う。
【2】1993年6月9日 読売-ヤクルト (金沢)
ヤクルト・伊藤智仁、リーグ最多タイの16三振を奪いながらも9回2死から巨人・篠塚にサヨナラホームラン。奪三振新記録の夢を打ち砕く一発。
【理由】9回2アウト、読売・篠塚はヤクルト・伊藤智仁が1球目を投げる前に2度打席を外した。はやる伊藤の気持ちをそらす篠塚。この駆け引きの結果、投げ急いだ(?)ヤクルト・伊藤智仁がサヨナラホームランを浴びた。篠塚のその駆け引き、そして結果がまさにプロ。
[福岡放送] 福岡 竜馬 氏
【1】2005年10月15日 福岡ソフトバンク-千葉ロッテ (ヤフードーム)
【理由】プレーオフ敗退のかかったホークスの試合。9回裏4点ビハインドからの逆転劇。ロッテの守護神・小林雅英から4点を追いついた9回裏。勝利への執念が乗り移った逆転劇。ヤフードームが見たことも聞いたことも無いような独特の雰囲気に包まれたのを鮮烈に覚えている。
【2】2005年7月15日 福岡ソフトバンク-西武 (ヤフードーム)
当時の西武のエース松坂大輔から、ホークス松中が一試合3本のホームラン。特に3本目は同点からのサヨナラホームラン。
【理由】松坂の一番いいストレートを打とうという松中のこだわり。ストレートで勝負しようという松坂の執念。日本一のピッチャーと3冠王を獲得した松中の一騎打ち。
[フジテレビ] 吉田 博章 氏
【1】1994年4月9日 西武-近鉄 (西武)
【理由】8回までノーヒットの野茂投手.9回表に近鉄が3点を奪い3-0で近鉄がリード。その裏、西武は清原選手がいきなりツーベースで野茂のノーヒットノーランの夢を砕くとさらにその後満塁のチャンスを作ると、バッターは野茂キラーの伊東選手。ここで近鉄は逆に伊東キラーの赤堀投手を投入。この場面で伊東選手が開幕戦初となる逆転満塁ホームラン(自身通算1000本安打)。4対3で西武が勝ち、この年西武は優勝。そして野茂にとっても日本で最後の開幕戦となった。この試合には本当にあらゆる事が凝縮されていたから。(このシーズンは秋山他の電撃トレードなど新生・西武の門出でもあった。)
【2】1997年7月23日 (大阪ドーム)オールスター
古田vs松井稼頭央の盗塁対決
【理由】97年盗塁王に輝いた松井。この年の日本シリーズの注目は盗塁阻止率NO.1の古田vsこの年に誕生したスピードスター松井。その注目の中、松井は4盗塁。(新記録)オールスターとはいえこの勝負にはシビレました。そして古田の悔しそうな顔もオールスターの域を超えた名勝負だったから。(これを機に松井は全国区にのぼりつめた。)
[フジテレビ] 窪田 正利 氏
【1】1994年10月8日 中日-読売 (ナゴヤ)
【理由】レギュラーシーズンの中で、これほどひとつの試合に日本中が注目したことは、後にも先にもないのでは。試合もけが人が続出するなど壮絶なものとなり、球場も異常な興奮状態であったと記憶している。
【2】1989年10月26日 読売-近鉄 (東京ドーム)日本シリーズ第5戦
日本シリーズ第5戦、それまで18打数ノーヒットだった原辰徳が満塁本塁打を放つ。
【理由】東京ドームの天井がぬけるかと思うほどの歓声だった。「セパ両リーグの王者が対戦する日本シリーズ」という緊迫した試合が生んだ名シーンだと思う。
[文化放送] 斉藤 一美 氏
【1】2008年11月9日 読売-埼玉西武 (東京ドーム)日本シリーズ第7戦
【理由】往年の“セ・パ盟主対決”が甦ったかのような連日の好試合。特に第7戦・片岡の死球→盗塁は秀逸。後にも先にも、1つの盗塁であれほど興奮したことはない。
【2】1999年4月7日 日本ハム-西武 (東京ドーム)
松坂大輔プロデビュー戦。初回、選球眼抜群の片岡篤史をインハイ・ボール球の155キロで空振り三振に仕留めた場面。
【理由】リリースした後『ゴォーッ!』という音が放送席まで聴こえてくるような感覚のとんでもない豪速球を目の当たりにして、私の実況は裏返った声になってしまった。
[文化放送] 槙嶋 範彦 氏
【1】1994年10月27日 西武-読売 (西武)日本シリーズ第5戦
【理由】桑田・清原のチームの勝負を越えた意地のぶつかりあい。入団の経緯など様々なことがあった二人が大舞台でみせた魂に感動。
【2】1993年6月9日 読売-ヤクルト (金沢)
篠塚選手が伊藤智投手からサヨナラホームラン。
【理由】そこまで16奪三振と手も足も出ない伊藤智に対し狙いすましたような篠塚選手のホームランに驚き。一球の怖さを知ったゲーム。
[宮城テレビ] 門脇 良晴 氏
【1】1988年10月19日 ロッテ-近鉄 (川崎)ダブルヘッダー
【理由】猛烈な追撃を見せた近鉄の最終章。負けが許されないダブルヘッダーで確かに近鉄は負けなかった、しかし時間には勝てなかった。そのドラマチック性は演出できるものではない。今もなお語り継がれる最高の試合だと思う。
【2】1979年11月4日 近鉄-広島東洋 (大阪)日本シリーズ第7戦
いわゆる「江夏の21球」と呼ばれている日本シリーズ第7戦での江夏豊の9回裏のピッチング
【理由】ノーアウト満塁という究極のシーンがしかも日本シリーズの第7戦、最終回で訪れるドラマチック性、さらにはその状況をクレバーに切り抜けた江夏のピッチング内容は今でも鮮明に覚えているから。
[読売テレビ] 安藤 充 氏
【1】2009年3月23日 韓国-日本 (Dodger Stadium)WBC決勝戦
【理由】国際大会の決勝ということで、野球ファン以外にも日本国民全体の期待に応えた劇的な勝利であった。
【2】1974年10月14日 読売-中日 (後楽園)
長嶋茂雄引退
【理由】後世不世出のスターの感動的な引退シーンとして、多くの人の心に刻み込まれている
[読売テレビ] 川口 与至彦 氏
【1】1988年10月19日 ロッテ-近鉄 (川崎)ダブルヘッダー第2試合
【理由】ロッテー近鉄ダブルヘッダー第2試合。時間切れ引き分けというルールの中でロッテの猛抗議で近鉄の優勝の運命が分かれた。実にドラマチックな試合。
【2】2009年3月23日 韓国-日本 (Dodger Stadium)WBC決勝戦
WBC日本2連覇達成!延長10回2アウト2、3塁でイチローが決勝のタイムリーを放ったシーン
【理由】テレビを見ていて思わずガッツポーズが飛び出した瞬間だった。イチローの勝負強さが改めて認識できた最高のゲーム。
[読売テレビ] 喜多 毅 氏
【1】1988年10月19日 ロッテ-近鉄 (川崎)ダブルヘッダー
【理由】ダブルヘッダ-。近鉄の優勝にかける執念と、最後の最後で叶わなかった想いが、2戦合計7時間半に凝縮した最高の試合
【2】1985年4月17日 阪神-読売 (甲子園)
バース・掛布・岡田による甲子園バックスクリーン3連発
【理由】伝統の一戦で魅せた阪神クリーンナップ3連続弾。その後社会現象ともなる85年の日本一に繋がった伝説のシーン
[読売テレビ] 宮内 崇志 氏
【1】1994年10月8日 中日-読売 (ナゴヤ)
【理由】129試合で読売、中日がどちらも69勝60敗で並び、史上初の同率での最終戦直接決戦となった試合
【2】2007年9月14日 阪神-中日 (甲子園)
「藤川vsウッズ」。ウッズに対して、藤川が全11球ストレート勝負。
【理由】力対力の素晴らしい勝負だった。プロ野球を見ていて、久しぶりにすがすがしい気持ちになれた!少年たちにも夢を与える、名勝負だったと思う。
[北海道テレビ放送] 鵜嶌 敦樹 氏
【1】2007年10月18日 北海道日本ハム-千葉ロッテ (札幌ドーム)クライマックスシリーズ第2ステージ第5戦
【理由】クライマックスシリーズ第2ステージ第5戦での、日本ハム・ダルビッシュ、ロッテ・成瀬のエース対決。気合の入った投げ合いはもちろんのこと、試合後のセレモニーで両者が称え合う姿は見る者に感動を与えた。
【2】2006年7月23日 (宮崎)オールスター
阪神・藤川vsオリックス・清原。藤川が「予告ストレート」で三振を奪い、清原もフルスイングで応える。
【理由】オールスターゲームとはいえ、プロ野球最高峰の「力と力の勝負」は印象的だった。
[北海道テレビ放送] 丸山 謙治 氏
【1】2006年10月26日 北海道日本ハム-中日 (札幌ドーム)日本シリーズ第5戦
【理由】北海道移転後初の日本一&新庄引退と北海道民に日本ハムを根付かした新庄劇場のクライマックス。道民にとっては忘れられない試合。  
【2】2006年10月12日 北海道日本ハム-福岡ソフトバンク (札幌ドーム)プレーオフ第2ステージ第2戦
八木と斉藤和巳の投げい合い。9回稲葉の内野安打で2塁ランナー森本が生還したシーン。
【理由】1点をもぎ取るためにギャンブルプレーの走塁をした日本ハムに勝利の執念を感じた
[北海道テレビ放送] 菊地 友弘 氏
【1】2000年9月24日 読売-中日 (東京ドーム)
【理由】読売が本拠地最終戦で、9回裏0-4で敗れていたが、中日の守護神ギャラードから江藤が満塁ホームランを打ち、同点。続く二岡もライトにサヨナラホームランを打ち、優勝が決まった試合。誰もが予想だにしなかった結果だったから。
【2】2006年10月12日 北海道日本ハム-福岡ソフトバンク (札幌ドーム)プレーオフ第2ステージ第2戦
0-0で迎えた9回裏。この日ノーヒットの3番稲葉の内野安打の間に、2塁走者森本がホームイン。
【理由】プレ-オフ第2戦。斉藤和巳がマウンド上で崩れ落ち、立ち上がれなかった姿が、このクライマックスシリーズの激戦を象徴しているから。
[北海道テレビ放送] 山崎 弥子 氏
【1】2006年10月26日 北海道日本ハム-中日 (札幌ドーム)日本シリーズ第5戦
【理由】北海道で初めての日本シリーズ、そして初優勝!
【2】2009年10月21日 北海道日本ハム-東北楽天 (札幌ドーム)クライマックスシリーズ第2ステージ第1戦
スレッジの逆転サヨナラ満塁ホームラン
【理由】その年のファイターズを象徴するような試合展開だった。不景気の中でも北海道は明るかったようなイメージがあります。
[北海道テレビ放送] 柴田 遼 氏
【1】2004年9月20日 北海道日本ハム-福岡ダイエー (札幌ドーム)
【理由】9回裏、12 - 12の同点、二死満塁で日本ハム・SHINJO(新庄剛志)が田中幸雄と抱き合ったことでアウトになった幻のサヨナラ満塁ホームラン。北海道移転元年となった日本ハムを、地元で絶大な人気球団へと押し上げた「新庄」。ただのサヨナラ弾で終わらない、「らしさ」がより彼や球団の魅力を際立たせたため。
【2】2006年10月26日 北海道日本ハム-中日 (札幌ドーム)日本シリーズ第5戦
日本一決定後、ピッチャーマウンドではなく、新庄のいる外野へと走りよる日本ハムの選手たち。
【理由】北海道移転3年を迎えた日本ハムは、シーズン序盤に新庄が早々と引退宣言。そこから優勝への階段を駆け上がった姿はドラマだとしかいえない。 ちゃらけたキャラクターの新庄が涙に咽ぶ姿は感動した。
[北海道テレビ放送] 谷口 直樹 氏
【1】2006年10月12日 北海道日本ハム-福岡ソフトバンク (札幌ドーム)プレーオフ第2ステージ第2戦
【理由】ルーキー八木がソフトバンクのエース斉藤を相手に堂々の9回無失点。スタンドでは登板中には異例のウェーブも起こった。0対0の9回には稲葉のセカンド内野安打で森本が2塁からサヨナラのホームイン。勢いに乗った日本ハムが日本一まで駆け上がった。
【2】2004年9月20日 北海道日本ハム-福岡ダイエー (札幌ドーム)
大量リードを奪われた日本ハムが徐々に追い上げ、新庄がサヨナラ満塁ホームラン!!のはずが興奮した1塁ランナー田中幸雄が新庄に抱きついてしまい、シングルヒット扱いに…。
【理由】北海道移転元年でプレーオフ進出を目指していたチーム、そして北海道の嬉しさが詰まった試合。
[北海道放送] 管野 暢昭 氏
【1】1985年4月17日 阪神-読売 (甲子園)
【理由】タイガースの主軸・バース、掛布、岡田が巨人のエース槙原から放ったバックスクリーン3連発は球史に残る試合です。これを契機に阪神は21年ぶりのリーグ優勝、さらには悲願の日本一へとひた走るのです。
【2】2004年7月11日 (長野)オールスター
日本ハム・新庄が史上初の単独ホームスティールを決めたシーン。
【理由】元チームメイトの福原がマウンドに立ちキャッチャーも元同僚・矢野という組合せも面白かった。新庄は試合前にMVP獲得を公約していたが見事にマニフェスト達成!パフォーマンスには定評のあった新庄だが、ここまでファンの期待を裏切らない選手は他にいない。